「ええ、そうです。 わたくしは最初から、最初から愛されてなどいなかったのです。」 伯爵夫人の弱々しい声が劇場に響き渡る。
舞台奥の壁掛け時計(真っ黒く塗りつぶされている)は、 夫人に呼応するように小さく揺れている。 地震だ……。
「昨晩、わたくし宛てに匿名の手紙が届きました。 手紙は匿名でした。」
夫人は静かに立ち上がり、傍の肉切り包丁に手をかける。 気狂いコックの川崎が置いていった、放置用の包丁だ。
ーーードラゴン水差しが火を吹いた。
「お気を確かに、夫人!」 例の赤ナスが静止を試みるものの靴の重みで一歩も動けず、尻餅をついている。
「殺さないで!」 騎士団長の鎧が、恐怖で崩れ落ちる。
「結構前に火事があって、おじいさんが死んだらしいです。ヒェー……!」 大島てる読んでる人が、酷い目にあっている。
ーーードラゴン水差しが、火を吹いた。
「いかがですかぁ……」 オタクくんは、真っ直ぐに舞台を見据えたまま私に問いかける。 「僕はね、昔から悲劇と喜劇の区別がつかないんです。 悲劇と喜劇と、バレリーナの区別がつかないんです。」
オタクくんが初めて、産まれて初めて私の目を見つめて話してくれた。 ありがとうございます。 |